2013年8月10日土曜日

13:十万馬力に夢を見て

名古屋を出発して既に三日。

一日目は東京で元同僚たちとビアガーデン。

二日目は二日酔いのまま福島県入りしてキャンプ。
昼食は思い出の地、栃木県で餃子を食べました。


とても有名な店です。栃木県民的にはもっと美味しいところがあると言うでしょうが、僕はここが好きで昔住んでいた時は休みの昼は大体ここでした。

またここ真岡(もおか)市は、住んでいた上三川(かみのかわ)町のとなりであり最寄りの市街地だったのでよく利用していました。それがすごく懐かしくて、特に観光してるわけでもないのにちょっとした感動です。

三日目から観光再開。
早朝に起きて原発を目指します。

常磐道は原発が近く通行止めになっていますが、自動車はひっきりなしに走っています。


原発関係者でしょうか。
手前の黒い袋の正体はこれです。


街中にこのような袋が置かれています。すべて除染作業によって出た放射性物質です。
表層の強い放射能を持っている土や落ち葉を取り除いているそうです。

従って、作業員たちは常に放射線を被曝しながら作業しています。
ちょっと心配ですね。

除染作業員以外の人影は見当たりません。
インフラはすべて機能していません。


炎天下にもかかわらず町にいる人は全員マスクを着用していたり、ひっきりなしにパトカーが走っていたり、異様な雰囲気です。

一般道も幹線道は封鎖されてしまっているので、原発には脇道から近づきました。


奥に見える建物が原発です。ここが限界でした。
これは第二原発で、問題の第一原発はさらにその先です。近づくことすら出来ません。

手前の作業場は津波で破壊された堤防跡で、現在は放射性物質の保管場所となっています。

海はとても穏やかです。


この町が復興することはあるのでしょうか。

2013年8月8日木曜日

12:西日本編 最終回

西日本もこれで終わりです。

桂浜も行ってないのに四国一周かよ!とか言わないでください。
幕末好きの父親で、家族旅行で嫌というほど行きましたから!

この日は徳島でラーメン食べて帰るのみです。

でもその前にすこしだけ寄り道。


脇町の「うだつの町並み」です。
もはやこういう街並みもたくさん見ましたが、ここは文字通り「うだつ」があるので久々に「へぇー」ってなりました。

あたりを一周したら徳島市街でラーメンを食べました。


ラーメン東大。徳島市民的には「あーあそこね」ってぐらい定番のお店だそうです。
美味しかった! 良いよこれ。尾道ラーメンをあれだけ褒めておいて、こっちの方が夢中になって食べてた気がします。

卵ともやしはセルフで好みの量を入れます。卵を二つとか三つ入れる人もいるのかな。

腹ごしらえが済んだら淡路島経由で名古屋へ!
途中兵庫でカワサキワールドに寄りましたが、大したことありませんでした。

四国は何度も来ているにも関わらず結構滞在しました。なんとなく、また来る気がします。

途中、京都で一泊しようかとかなり悩みましたが、このペースだと北海道の夏を逃してしまいそうなので少し急ぎ足です。

また、中部・関西は学生の時にほとんど回っているので、基本的に通過です。

名古屋で荷物の整理を行ったら再び出発、一気に東京まで行く予定です。

2013年8月7日水曜日

11:カルストからうどん県

四国カルストの朝。

いよっしゃー!

朝だ朝! 快適な朝に、絶景のカルストを走っておくぜぇぇ!!



絶景の!







( ゚д゚) ゼッケイノ......。

(つд⊂)ゴシゴシ

( ;゚д゚) ゼッ......ケイ。




……よし寝よう!


せっかく涼しいわけだし、ゆっくり寝よう!



……。




…………。




くっはぁ! 寝すぎたー!!


いかん、昼に香川でうどんを食いたいのに!

というわけで、急いで片付け下山。
霧のためペースが上がらず。

高知県はゆっくり観光したことがあるから寄る場所はなかったこともあり、高速で一気に香川へ。

15時閉店で14時着。間に合った!


広島のライハの管理人さん経由で、香川の人に聞いてもらった店だ、間違いない。
国道沿いで駅と隣接。とてもわかりやすいので皆さんもぜひ。

うまい。

さて、うどんを優先したので通過してしまった場所に戻りましょう。


徳島のかずら橋。
木や蔓(つる=かずら)だけでできている吊り橋です。


なんかみんな随分ペースが遅い。

おいおいビビりすぎだろ。ちょっと高いだけだろ?
なにをビビって……


粗い。目が粗い。

なるほど、これは踏み外したら事ですね。

で、これで500円。
近くにこれ見よがしなコンクリート製の大きな売店があったり有料の大駐車場など、秘境をアピールしつつも凄く観光地してて、そこは少しがっかり。

でも高くて揺れて、これは良い吊り橋だ、面白かった!

あとで聞いたのですが、実は見えないところにワイヤーが使ってあるらしく、安全は保障されているとのこと。

吊り橋を渡ったらキャンプ場へ。

徳島道の吉野川SA併設のキャンプ場なのですが、SAでは阿波踊りの練習をやっていました。


みんな凄くまじめに練習してた、しかも楽しそう。
良いなー、参加したい。

日程が推していなければ阿波踊りも見ていきたかったな。

なんとかお盆前に東北にたどり着かないと身動きが取れなくなるので仕方がないか。
この気温で渋滞は倒れちゃうよ。

道具紹介 その3

宿泊はキャンプを基本にしています。
本心から言えばホテルに泊まりたいのですが、節約と経験ということでキャンプしています。
こんな感じです。


今回はランタンとスタンドについて。

ランタン本体は何でも良いですが、LEDがオススメです。
電池の持ちが良い、虫が寄らない、スイッチひとつで点灯と欠点がありません。


そして写真右側のスタンドがそれですが、こいつが良い仕事します。

暗くなってしまうとランタンの明かりで料理や片づけをしなければなりませんが、上から照らすだけで圧倒的にはかどります。暗い中の作業は本当に不便で、折角の料理も楽しくありません。

小型のものであれば大した荷物にならないので、もって行くことをお勧めします。
激安ランタンでも上から吊るすだけで一級品の戦闘力です。

2013年8月4日日曜日

10:足摺岬→四万十→カルスト


キャンプにも慣れて良く眠れるようになってきました。
キャンプのほうが寝るのが早い分、早く起きます。

すると時間に余裕ができるので……無理しちゃうんですよねー。

まずは足摺岬へ。早朝は涼しくペースが上がります。
あっという間に到着。


水平線じゃ! なんにもないただの水平線じゃ!


しかしこのあたりから気温がぐんぐん上昇。


暑い。とにかく暑い。

しかし九州最南端の佐多岬と違って、岬までほとんど歩かなくて良いのは助かった。
お城など、結構歩かされることがあると石見銀山の一件が頭をよぎります。

こんな中お遍路してる人を何人も見ましたが、大丈夫なのかな。暑さ対策とか聞いてみたい。


お遍路の何番か忘れましたが、足摺の寺です。

先を急ぎましょう。四万十流域。
四万十と言えば沈下橋です。発見。


渡ってみます、意外と怖い。


日本最後の清流などと揶揄されるだけにきれいですねー。

でも奥のほうは道が狭く、長く、本当に大変でした。
道選びを完全に失敗です。こういうところはスマホのグーグルマップでは限界があります。
それでもなんとか日の入り前に四国カルストに到着!


お決まりの写真も撮って、


景色を楽しみながらキャンプ場へ。


これだけ景色がいいと、何かの撮影も行われていました。


たぶん何回も映り込んじゃったと思うけど、その画、使っていいよ! むしろ使って!
今日は狭い山道が本当に多くて疲れました。
キャンプ場の標高が高く涼しいので本当に助かりました。
この旅で初めて寝袋に入りました。

2013年8月3日土曜日

9:道後の夜と城めぐり

広島からしまなみ海道を抜けて四国へ。伯方の塩ラーメンはこの途中の伯方島で食べました。
四国に入ってすぐの松山市・道後温泉。今夜はここに逗留です。


時間に余裕があったので、温泉街をゆっくり散策することができました。
やはり温泉の後の坊ちゃんビールは格別です。


イサニワ神社から道後の街を。この時期は大小さまざまな祭りがあって華やかです。


ここで地元の人に何か美味しいものをと聞いてみたら「道後には美味いものはないんだ、すまん!」と一言。すごく申し訳なさそうにされていましたが、こちらこそすみません。

というわけで、この日泊まった宿のマスターに教えてもらったお店「ワニとサイ」で夕食です。

常連客でにぎわうお店ですが、外様の私も喜楽に話せる雰囲気の良いお店です。
折角だから写真の一枚でもお願いすればよかったですね。ちょっと飲みすぎました。

この日は温泉に入って松山の人たちと飲んでいただけなのですが、それがまた楽しくて良い夜になりました。

途中例の神殿を発見してしまい悟りを開こうかとも迷いましたが、時期尚早と啓示があったのでおとなしく寝ましたよ!

翌朝は遅めのスタート。
松山から南に、大洲城と宇和島城という貴重な文化財があります。

大洲城


宇和島城


大洲城は特に素晴らしく、ちょっと興奮気味でした。
長くなってしまうので別にまとめてみました。興味のある方は覗いていただければ。

[大洲城の魅力に迫る]

城の見学を終えたら宇和島名物「鯛めし」を。生の鯛を出しと混ぜての乗せるというちょっと変わった鯛めしです。
最近ドコモショップに携帯を預け、充電中にご飯→写真撮れないパターンが増えています。
何とか対策したいところ。

食べ終わったら、近くのキャンプ場で一泊です。
この日も移動距離が短く時間にはかなり余裕があったのですが、炎天下の中での城めぐりは大変疲れました。

広島で教えてもらったキャンプ場まで行けず、宇和島近辺のキャンプ場で野営です。

8.5:大洲城の魅力に迫る


愛媛の大洲城があまりにもよかったので、別に記事にしました。

城の魅力というと、やはり現存の建築物かどうかであると思います。
しかし大洲城に現存天守はありません。大洲城は復元天守です。ただし、復元方法が素晴らしく、当時の工法と材料を再現し建築されています。
「と言っても偽物なんでしょ?」などと感じるかもしれませんが、さにあらず。

現存天守にはない、復元天守ならではの魅力があり、これは現存天守に比肩しうる価値ある文化財だと確信しました。


外観はこのようになっています。
多くのコンクリート製の復元天守も外観は忠実に復元されているので、外観に特徴はありません。
むしろ現存天守の少しくたびれた感じがない分、コンクリート製の復元天守に近い雰囲気を持っています。

内部はこのようになっています。


まず大きく異なるのが、材木の色です。現存天守の黒い材木は経年によるものなので、新しい材木を使う復元天守はこういう配色になります。
これは大変貴重な光景で、城郭の往時の色彩を楽しむことができます。
また各工法も忠実に再現されています。


和釘です。鍛冶職人が伝統工法に則り一本一本鍛え上げた逸品です。
現存天守は黒い材木に隠れてほとんど意識することのない釘も、アイデンティティの一つとしてその存在を主張します。

組み木ももちろん当時の設計通りです。


これらは宮大工と地元の大工の共同作業によるもので、先人たちの魂と、現代の職人による技術と情熱がひしひしと伝わってきます。
複雑な組み木が忠実に再現されています。


柱が割れています。当時の通り、広葉樹を使用した柱はどうしてもこのように割れてしまいます。
しかしこれは当時と比べると非常に割れの少ないほうで、ここに現代の技術が生きています。当時にはない理論と技術に則った乾燥方法で作られた材木です。

現代では「背割り」と言って、あらかじめ見えない面を割っておくことで、見える面に割れを生じさせない加工をしますが、あえて行っていないとのことです。

また、表面粗度もきめ細かくツルツルです。もちろんカンナ掛けであり、機械加工ではありません。当時の加工精度とどれほど違うか興味あります。

心柱など実に見事です。当時の人達にも見せてあげたいなぁ。


また、伝統技術では耐久性が保証できない部分は現代の工法を活かしています。


このように、現代の匠たちの技術と情熱が過去の建築物に宿る瞬間に、強く強く心を打たれます。
現存天守にはない感動です。これはいい加減に作られたものではなく、多くの職人たちの魂が込められています。
その証左が、大洲城にはありました。


見えるでしょうか、鏡越しにネズミがいます。


名前もわからぬ現代の匠が置いていったものだそうです。
このあたりには「ネズミのいる船は沈まない」という伝承があり、城を船に見立てゲン担ぎにおいていったと推測されています。

大工のこのような粋な計らいは古くからしばしばみられ、有名なのは東大寺の「忘れ物の墨壺」です。
大工として命に等しい大工道具を、人目のつかないところに置く。これは明らかに意図的で、なぜなら墨壺は柱を組む段階で利用する道具ではないからです。
東大寺の墨壺は解体修理の時に初めて見つかったそうですが、ネズミ然り墨壺然り、大工が自らの仕事に対し如何に情熱と誇りをもって取り組んでいるのかが伝わってきます。


そんな建築物を「現存ではない」などという理由で見向きもしないというのは実に勿体のないことではないでしょうか。

ほかにも丹念に塗り重ねられた漆喰や、瓦など、ここ大洲城は多くの魅力を持っています。
是非皆さんも一度足を延ばしてみてください。復元天守ならではの感動があなたを待っています。